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首都高速道路 中央環状王子線見学会(2ページ目)

C2の標識五色桜(ごしきざくら)大橋

 非常階段を昇りきると,そこはもう高速道路の車道の上(当たり前ですね)。今日は未開通道路を使ったイベントなので,車道上には案内所や展示コーナー,仮設トイレ,休憩テントなどが並べられています。

首都高速ストラップ  案内所では,各会場の案内図(再掲)と,記念品の「首都高速ストラップ」(写真右)を受け取りました。他に,子供用にはゴム風船も用意されていました。


 いよいよ,会場名にもなっている五色桜大橋の上を目指します。

 江北(こうほく)JCTの側から王子線に入ると,すぐにこの五色桜大橋で荒川を渡る事になります。

五色桜大橋  左の写真は,江北JCTとは反対側から橋の方を眺めた様子です。川の向こうに横たわる高架が,現在は江北JCTで分岐せずにそのまま川口線につながっている,既開通区間の中央環状線です。
 見学会が行われた上層の道路は,内回り車線,つまり江北JCT側から橋を渡る車線として使われるので,この写真は開通後の進行方向とは逆向きに撮影した事になります。

 この五色桜大橋,何と世界初ダブルデッキニールセンローゼ橋なのです!

 ダブルデッキニールセンローゼ橋ですよ。すごいでしょ。何がすごいって,名前がすごい(汗)。あとは,よく分かりません(逃)。
 …アーチ型の鉄骨を使って橋を吊り下げるのが「ニールセンローゼ橋」で,それの橋自体が上下2層構造になっているのが「ダブルデッキニールセンローゼ橋」らしいです。正確なところは,皆さんで勝手に調べて下さい(汗)。

 
 

五色桜大橋から見た荒川  橋の上から荒川の上流方向(車の進行方向では右手)を望みます。写真の左の端には,この付近で荒川に寄り添う様にして流れる隅田川も写っています。

 蛇行する川の形が分かる事や,堤防を挟んだ隣の川まで丸見えである辺りから,高さがお分かりいただけるでしょうか。
 高層ビルの上からとかならまだしも,これは道路からの景色なんです。

五色桜大橋から進行方向を見る  こちらは,橋の上から開通後の進行方向(板橋方向)を見たところ。開通後はこの向きで走る事になります。

 上の写真の通り,わざわざ下を覗(のぞ)き込めば物凄(ものすご)い高さを実感させられるのですが,この辺りには高い建物がなく,また,道路の両側にはそれなりの高さの防護壁があって,下にある低い建物は見えないため,普通に道路上にいるだけでは,高さを感じさせる様なものは何も見えません。その点は,ちょっと意外でした。

 それでも,この日は駄目でしたが,澄み渡った晴れの日なら,ほぼ真正面(…だと思う)に富士山がくっきりと見えるはずです。
 よそ見運転には,くれぐれも御注意を。(何せ,事故でも起こしてこの高さから転落したら(以下自粛))


 私は撮ってもらいませんでしたが,橋の上では公団職員によるインスタント記念写真撮影サービスも行われ,かなりの人気を集めていました。王子線の中でも目玉と言えるポイントですし,なんてったって世界初ダブルなんとか橋なんですから(爆)。


【余談】「五色桜大橋」の「五色桜」とは?

 「五色桜」というのは,地名ではありません。
 明治19(1886)年,現在の足立区鹿浜方面から江北付近に向かって延びていた堤が改修された際に,地元の負担で,堤の上に78種・3225本の桜が植えられました。
 この桜が成長すると花見の名所として人気を集め,多くの品種や色の花が楽しめた事から「江北の五色桜」の愛称で親しまれました。「五色桜大橋」の名は,これに因(ちな)んで付けられたものです。
 明治45(1912)年には,ここの桜から採取された苗木3000本が,日米親善の証として当時の東京市から米国に贈られました。これがワシントンD.C.のポトマック川周辺に植えられ,桜の名所となりました。
 一方,江北の五色桜は大正13(1924)年に国の名勝に指定されたものの,当時行われていた荒川の建設工事(※)や,第二次世界大戦時の空襲,戦後の大気汚染などによって壊滅的な被害を受け,今や見る影もなくなってしまいました。

(※) 赤羽付近より下流の荒川は,隅田川の洪水対策として建設された人造の川です(明治44(1911)年着工,昭和5(1930)年完成)。それまでは,現在の隅田川が荒川の下流でした。このため,かつては隅田川の正式名が「荒川」(「隅田川」は通称)で,人造部分の荒川は「荒川放水路」と呼ばれていました。

《参考》足立区立郷土博物館『ブックレット足立風土記(3)江北地区』(足立区教育委員会 平成14年刊)
勝山準四郎『足立の史話−日光街道をたずねて−』(足立区役所 昭和52年刊)
など


C2の標識危険な下り坂

 五色桜大橋会場を一通り見たところで,シャトルバスに乗って王子会場へ移動します。
 シャトルバスは,2車線しかない道路上で折り返し運転をしなければならないので,大型バスは使えず,かなりの台数のマイクロバスを使ってピストン輸送をしていました。
 客の数が予想を大幅に上回ったのか,運転手は休憩も取れない状態らしく,「腹減った〜 昼飯まだなんだよぉ〜」と,ぼやいていました(午後1時頃でした)。


 王子会場は,JR王子駅のすぐ近くにある飛鳥山(あすかやま)をくぐる「飛鳥山トンネル」に設けられています。
 名前は飛鳥“山”でも,その正体は,標高27mの低い丘です。当初の計画では,王子線はこの丘を高架で跨(また)ぐ予定だったのですが,景観上の問題から異論が出て,下をトンネルでくぐる事になりました。

【余談】飛鳥山の景観

 江戸幕府8代将軍の徳川吉宗は,江戸3大改革の1つ「享保(きょうほう)の改革」さなかの元文(げんぶん)2(1737)年に,この地に1000本を超える桜を植え,庶民のレジャーの場として一般に開放しました。
 関東平野の低地に面し,晴れた日には日光連山や筑波山まで望めた見晴らしの良さもあって,飛鳥山は江戸屈指の桜の名所となりました。明治時代には上野公園や芝公園などと並ぶ東京の「5公園」の1つにも数えられ,東京を代表する公園の1つとなっています。

《参考》平凡社世界大百科事典〈飛鳥山〉〈公園〉
北区飛鳥山博物館ウェブサイト

五色桜大橋から飛鳥山トンネルへ  非常に高い所に架かる五色桜大橋から,低い丘をわざわざくぐる飛鳥山トンネルまでは,2km程度しかありません。このため,道はかなり傾斜のきつい下り坂にならざるを得ません。
 その急坂に加えて,地形や既存施設などの制約からくる,見通しの悪いカーブも小刻みに続きます。

 特に飛鳥山トンネルに入る直前は,急な下り坂に加えて,路面を内側に大きく傾斜させた右急カーブになり,ここで左側から王子南入口(※)が合流して,すぐにトンネルに突っ込むという形になっています。
 元々,首都高には線形の悪い所が多いとはいえ,これはちょっと心配です。降雪・凍結時は即,通行止めではないでしょうか。
(※) 王子南出入口の供用開始は平成18年度にずれ込む予定。


飛鳥山トンネル入口  五色桜大橋側からの,飛鳥山トンネルの入口です。
 入口の真上にあるビルの様な建物は,換気塔です。トンネル内で排出された車の排気は,換気扇を通じて,この塔の上から排出されます。
 塔の中には,排気を浄化する集塵(しゅうじん)装置があるそうで,装置のミニチュアと蚊取り線香を使ったデモンストレーションが行われていました。

飛鳥山トンネル内部  王子会場では,飛鳥山トンネルの五色桜大橋側,約3分の2程度を歩く事ができます。

 途中,所々でトンネルの天井にゴム風船が浮いていました。記念品として子供に渡したゴム風船が手を離れてしまったもので,見付け次第,公団職員が棒を使って取ろうとするのですが,風船に付いた紐(ひも)を棒で搦(から)めて取るのは,なかなか大変そうでした。

 先の方で,急な下り坂から一転して上り坂になっているのがわかりますか?
 このトンネルを抜けると,道路は再び上下2層式の高架になるため,トンネルの途中から,今度は急な上り坂になるのです。


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平成14年12月5日作成
平成24年1月4日修正
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